脳神経外科について;日米の違い

 機能的脳神経外科の勉強に来たわけですから、仕事のほとんど全てはこの領域です。てんかんとMovement Disordersが主体ですが、それぞれにチームがあって毎日のようにカンファレンスでした。患者さんのpresentation、鑑別診断、手術適応決定、手術方法のdiscussion、術後の評価などかなり内容の濃いものであり、ただ参加しているだけでも相当の知識を得ることができました。勿論私が手術させて頂いた患者さんのことは、全て私がpresentationします。鋭い質問の集中砲火を浴びて、いつも撃沈されていました。
 日本の脳神経外科の場合何が専門なのかと聞かれることは非常に稀であり、一般脳神経外科医として手術の備えのある病院であればどこでも大体の病気を治療することになります。患者さんも遠くまで搬送されることもありませんから勿論これは非常に大切なことであり、若い先生たちのトレーニングには欠かせません。しかしアメリカの場合にはsubspecialtyと言って、脳神経外科領域の何を専門としているのかといつも聞かれます。勿論一般的な疾患の経験を十分に積んだ上での話です。私の場合はFunctional neurosurgery(機能的脳神経外科)と言うことになります。この分野には前述の脳深部刺激療法、てんかんの手術、顔面けいれん・三叉神経痛の手術、バクロフェン治療といった手術や、ボツリヌス注射、神経ブロックなどの治療が含まれます。日本の場合には限られた病院でしか行われていませんから、普通の病院勤務でこれらを数多く集中して勉強することはほとんど不可能です。
 Wisconsin大学は機能的脳神経外科の手術症例が非常に多く、沢山経験させていただくことができました。脳卒中や脳腫瘍、脊椎疾患も症例数が多く、年間手術件数は1800例ほどでした。毎日約5例の手術ということになり、これは大変な数です(ちなみにMayo Clinicの脳神経外科は3000例以上でした)。日本の脳神経外科では絶対にありえない数字です。
どうしてこんなに違うのか?それは大学病院などの基幹病院に症例を集中させているからです。集中させることによって術者もco-medicalもその疾患のエキスパートになれます。日本だと3年ぶりの手術だなんてことがありますが、アメリカの基幹病院ではあり得ません。また日本のようにある特定の技術を持った術者が、ほかの病院に出向いて手術するなんてことは絶対にあり得ません。手術をさせて頂いた患者さんは、最後まで自分が責任を持って退院するまで診るというのが原則です。どうしても自分たちで手に負えないときは、どんなに遠くても緊急手術以外専門家のいる病院に送ることになります。どんなに手術に長けた脳神経外科医でも、日本のようにあちこち飛び回って手術するなんてアメリカ人の発想にはありません。私も最後まで自分が勤務する病院で治療するというアメリカの考え方に賛成です。
 さて前述した深部脳刺激手術やてんかんの手術は、ものすごくレベルの高いカンファレンスに裏打ちされています。従って非常に成績が良い。手術適応、方法などみんなが納得するまで議論します。誰もがしっかり勉強していて、患者の年齢、症状、病歴、所見など何も見ないでもすらすら言えるし(受け持ちであれば当然ですが)、神経核の解剖や薬のことなど細かなところまで膨大な知識を持っています。いつの間に勉強しているのかと思うくらいです。非常に細かなところまで議論することになりますから、私が受け持ちをpresentationするときはその前の週から胃の痛い思いをしました。でもこの貴重な経験とチームワークは日本では絶対に得ることができません。今でも悩んだ時にはメールで相談することができ、国際学会で会えばお互いに悩んだ症例の議論ができるし、かけがえのない大きな財産になりました。



UW脳神経外科の皆さん



ウイスコンシン大学病院



国際学会で来日したCathy先生と自宅で


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